印刷用のカラーやグレースケールの画像データはたいてい解像度350ppiで作ります。
なぜ350ppiにするのかという疑問に対し、スクリーン線数175線で印刷するためその2倍の350ppiにする、といった説明はよく聞きますが、それ以上の説明はあまり聞きません。
ここでは印刷用の画像データの解像度を350ppiにする理由の例をみてみます。
ppi(pixel per inch)と同じ意味でdpi(dot per inch)が使われている場合がよくあります。
一般的な区別としては、画像データの最小要素のマス目のように色々な濃さや色などを表せるものをピクセルといい、ピクセルの密度を表す単位がppiです。オフセット印刷の網点やインクジェットプリンターのインクのドットのように、濃淡は表現できない物理的な最小単位をドットといい、ドットの密度がdpiです。
「画像データを350dpiで作る」という言い方をしている人がいたら、多くの場合「画像データを350ppiで作る」ということと同じ意味で言っていると思って良いでしょう。
オフセット印刷の版のおおまかな仕組み
オフセット印刷の版のおおまかな仕組みをみてみます。
ここでは分かりやすいように黒1色の印刷を考えます。
絵具で絵を描くなら色々な濃さで塗れる
黒の水彩絵の具で絵を書いたり線を描いたりしてみます。
絵具をべったり塗れば、真っ黒に塗ることができます。
絵具を水で薄めれば、薄い灰色で塗ったり、薄い灰色の線を引いたりもできます。
印刷はハンコのようなもので、真っ黒か白かのどちらかしかない
印刷は水彩絵具で絵を描くのと違い、ハンコのようなものです。
版に黒いインクを付けて、その版を紙に当てて紙にインクを付けます。黒いインクが付いた場所は真っ黒になり、付かない場所は白いままです。水彩絵具で絵を描くときのようにインクを薄く塗ったり濃く塗ったりして濃さを自由に変えられる仕組みにはなっていません。
真っ黒と白しか表現できなくても灰色を表現できる
小さい黒い点をたくさん描き、目から離して見ると灰色のように見えます。
そこで、黒や灰色で描かれた絵を細かい真っ黒な点の集まりに変換すると、実際には真っ黒な部分と白い部分しかありませんが、人の目には黒や灰色や白で描いた絵に見えます。
灰色の部分を真っ黒な点の集まりに変換する方法を使えば、黒と白のいずれかしか表現できない印刷で灰色を表現できます。
黒い点に変換する方法 印刷では規則正しく並んだ点の大きさを変える方法が多い
灰色の部分のある絵柄を真っ黒な小さい点の集まりに変換する方法は色々あります。
オフセット印刷では、規則正しく点を並べてその点の大きさを変えて絵柄を表現する方法を使う場合が多いです。
以下は濃淡のある絵を規則正しく並んだ真っ黒な点の集まりに変換した結果のイメージです。黒い点の集まりでも、点が小さければ灰色の絵のように見えます。
以下は一部分を拡大して見たイメージです。
印刷で灰色を表現するために作った規則正しく並んだ真っ黒な点の集まりが印刷の網点です。
印刷の網点の中身のおおまかな雰囲気
一般的によく使われる印刷の網点は規則正しく一直線に並んでいるので、網点の密度は個/cm2などの単位ではなく線の本数で表せます。
1インチに網点が175本並んでいれば175線、175lpi(line per inch)、133本並んでいれば133線、133lpiと表せます。
画像データのピクセルについて 黒と白だけでなく濃淡がある
画像データはピクセルが集まってできています。
ピクセルは白、黒、薄い灰色、濃い灰色など、色々な濃さを表現できます。
一般的な8ビットの画像データなら黒からだんだん薄くして白に至るまで256段階の濃さを表現できます。
デジタルの画像はピクセルというマス目が集まってできており1個のマス目は256段階しか濃さを表現できないので、黒の水彩絵具で描いた絵と比べて制限はあるものの、黒の絵具で描いた水彩画などと同じように濃淡のある画像です。
画像データから網点を作る
画像データの1個のピクセルを網点の1個のドットに変換してみる
濃淡のある画像データを印刷するためには、濃淡のない黒と白の点の集まりである網点に変換する必要があります。
1インチに175個のピクセルがある解像度175ppi(pixel per inch)の画像データを、1インチに点が175個並んだ175線の網点に変換するなら、ちょうど1個のピクセルを1個の網点のドットに変換することになります。
1インチに133個のピクセルがある解像度133ppi(pixel per inch)の画像データを、1インチに点が133個並んだ133線の網点に変換するなら、ちょうど1個のピクセルを1個の網点のドットに変換することになります。
画像データの真っ白な1個のピクセルを網点の1個のドットに変換するとしたら、真っ白なのでドットは無しで良いことになります。
画像データの真っ黒な1個のピクセルを網点の1個のドットに変換するとしたら、最大の大きさのドットにすることになります。
画像データの30%の濃さの1個のピクセルを網点の1個のドットに変換するとしたら、1個のドットを作るのに用意してあるマス目のうち30%の面積を占めるような大きさのドットを作ることになります。
175ppiや175線は結構粗い
画像データをインクジェットプリンターで出力するような作業をよく行なっている人なら、175ppiのデータはプリンター出力をするにはかなり粗く解像度が足りないと思うでしょう。
オフセット印刷も、175ppiの画像データから作った175線の網点で印刷すると解像度が足りず粗い結果になる可能性があります。
175線より線数を上げたいが、印刷するのが難しくなるので簡単には上げられない
線数を上げると網点が小さくなる
175線で粗く感じるなら、もっと網点の密度を高くして300線や350線などに線数を上げれば良いように感じます。
ところが、網点の密度を上げるほど1個のドットのサイズは小さくなります。
真っ黒な点が小さいほど正確に印刷するのが難しくなる
習字の半紙に墨汁で直径50mmの丸を描くなら、多少墨汁が半紙に滲みて1mmはみ出しても直径が本来描きたい丸より1.04倍くらい大きくなる程度で済みます。
一方、同じようにして直径5mmの丸を描くとしたら、半紙に墨汁が滲みて1mmはみ出すと本来描きたい丸より直径が1.4倍も大きくなってしまいます。
そのように、丸が小さいほど正確に描くのが難しくなります。
それと全く同じ仕組みというわけではありませんが、オフセット印刷も網点のドットのサイズがごく小さくなってくると正確に印刷するのは難しくなってきます。
印刷が難しくなるので網点の線数はある程度までしか上げられない
網点の線数を上げれば1個のドットのサイズが小さくなり、正確に印刷するのが難しくなるので、網点の線数はある程度までしか上げられません。
また、コート紙に印刷する場合ならドットが大きくなる度合いは小さいですが、コーティングされていない上質紙などに印刷する場合ならドットが大きくなってしまう度合いは大きいです。
そのような事情で、コート紙にオフセット印刷するなら網点は175線くらい、上質紙にオフセット印刷するなら網点は133線くらい、などと、印刷方法や用紙の種類などの条件に適した線数の網点にする必要があります。
網点を作る技術は複雑 画質を高める技術が色々ある
175線の網点でも単純に作ると結構粗いですが、印刷の仕組み上、あまり線数を上げるわけにもいきません。
そこで、濃淡のあるデータから175線の網点を作るとき、175線でも高い画質で印刷できるように様々な技術が使われています。
網点を作る技術の例 網点の形を変える
網点を単なる丸などで作るだけでは、175線の印刷なら粗さを解決できません。
そこで、網点の形を変える技術が使われています。
網点の密度は175線より上げられなくても、網点の形は全て同じではなく網点ごとにいくらか変える余地があり、元の画像データのピクセルの情報によって網点のドットの形を変えることで、単純に同じ形のドットで印刷したときよりも画質を上げられます。
350ppiの画像から175線の網点を作るとしたら、単純に割り算をして大雑把に言えば画像データの4個のピクセルから網点の1個のドットを作ることになります。
画像データ上の4個のピクセルの平均の濃さは同じだとしても、ピクセルの並び方や濃さは下図のように色々な状態があり得ます。
最終的に作るのは1個のドットであるにせよ、単純に4個のピクセルの平均の濃さに対応するドットを作るだけでなく4個のピクセルの濃さや並び方によって網点の形を変えれば、1個のドットには4個のピクセルそれぞれの濃さや並び方などの情報がいくらか入ることになります。
そのため、175ppiの画像データから175線の網点を作るよりも350ppiの画像データから175線の網点を作った方がより多くの情報が入った網点を作ることができ、画質が上がります。
実際はより複雑な仕組みが数多くある
上記の網点の形を変える技術は単純に雰囲気を述べただけです。
網点を作る技術はとても複雑で、詳細はCTP関連の装置やRIPなどを作っている業界の人などでなければ分かりません。
実際の網点を作る作業
実際の網点を作る作業は非常に複雑です。
1色の印刷をする場合でも、網点が垂直、水平に並んでいると網点が目立ってしまうので45度の角度で並べた網点を作ったりします。
4色のカラー印刷なら網点もCMYKの4版分を作ることになり、4版分の網点がすべて同じ方向に並んでいるときれいに印刷できないので30度や15度ずらして網点を作る必要もあります。
現代のデジタル技術では網点をデジタルで作ってCTPで刷版に小さい多数のレーザーで焼くことになり、数の限られたレーザーで焼くので実際の計算上の網点の形の通りには作れず誤差に対して何らかの方法で対応する必要もあります。
8ビットの画像データの1つのピクセルは256段階の階調を表現できるので、網点も256種類の大きさのドットをつくりたいところです。しかしそのためにはかなり高解像度で刷版を出力する必要があり、解像度が高いほど出力の時間も長くかかります。そこで実際には理屈上必要な解像度より低い解像度で刷版などを出力している場合が多いです。その際に低い解像度でも高い画質を実現できるような様々な技術も使われているらしいです。
その他、CTP関連のメーカーなどが色々な技術を使っています。
参考リンク
まとめ
データのピクセルによって網点のドットの形を変えて画質を上げる技術などがあり、1個のピクセルに対して1個のドットではなく4個程度以上のピクセルから1個のドットを作ると高い品質の網点が作れるので、175線の網点を作って印刷するなら解像度350ppi程度の画像データを作るのが無難、というようなことになります。
デジタルで網点を作る技術は複雑で、RIPやCTPの装置を作っている業界の人などでないと詳細は分からず、技術の説明を読んでも難しすぎて理解できない部分も多いので、技術者ではなく私のような技能者としてはあとは機器の説明書の内容や経験に基づいて作業することになるでしょう。
350ppiの画像データと400ppiの画像データからそれぞれ作った175線の網点で印刷した結果は、質に差があるかもしれません。
もし350ppiより400ppiの画像データを使った方が良い品質で印刷できるようなケースがあるなら、400ppiで作るのも良いでしょう。
例えば133線で印刷する場合、133線の印刷だからといってわざわざ線数の2倍の266ppiという低い解像度の画像データを作らず、175線のときと同じ350ppiの画像データを作ってRIPに送って網点を作って印刷した方が良い結果になるかもしれません。おそらくそのように作業している人が多いでしょう。
手動の作業の効率も良く、機械の処理時間も速く、実際に印刷して画質も良い結果になるような解像度でデータを作るのが正解と考えれば良いでしょう。
以上、印刷用の画像データの解像度を350ppiにする理由の例をみてみました。
参考記事